ワンちゃんが笑顔で立ち寄りたくなるような、心地よいサロンを目指して。
2020/07/01
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2020/01/08
本日は開店いたします※時間短縮の可能性あり
2020/01/07
本日、店主体調不良のため午前中のみの営業とさせていただきます
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生前は格別の御厚情を賜り、ありがとうございました。
ドッグサロンぽちぽちの看板犬であり、愛すべき家族であるアスランが
平成30年9月7日に永眠いたしましたことをご報告させていただきます。
当日の朝、陣痛が突然始まり、急遽病院に向かうことになりました。
まだ、かかりつけの動物病院が開く前だったので、彼を一旦自宅に置いて病院へ。
そのまま出産へと進み、一時間半後に次女が誕生いたしました。
母子ともに問題なく、あとは入院中にアスランを預けて過ごすのみ…だったのですが。
旦那さんに彼を動物病院まで送ってもらい、午後、家族の面会を経て少し時間が過ぎたころ…
動物病院から電話がかかってきました。
急遽の心肺停止、心蘇生を先生方が懸命に試みるも…知らせを受けて向かっていた旦那さんも間に合わず、そのまま息を引き取ったそうです。
そのままの状況を、いつも診てくださっていた先生から聞きました。
いつ、限界がきてもおかしくない心臓だというのはわかっていましたし、いつかは訪れる、そう遠くない未来だとはわかっていました。
それでも、私の出産の日を、その日を彼が選んだのはどうしてなのだろうと今も思うのです。
これから、二人育児でてんやわんやの生活が待っています。
そこに、自分の介護が加わって大変なことになりそうだから?
手を煩わせたくないから?
…そんなのどうでも良かったのに。
確かにすべてをこなすのは大変、だけれど家族のこと、産後だろうができるだけ気を向けていくつもりだった。
どれだけ大変だろうが、介護も治療もやりきってみせると。
なのに、もう大丈夫だからと。
「二人目が産まれるまでは元気でいてほしい」という私の言葉を律儀に守ってくれて、
今日、産まれることがわかっていたのか…私が落ち着いたことがわかった後に亡くなりました。
出産のためとはいえ、家族がいない病院で、ひとりきりで逝かせてしまったことに、後悔しかありません。
ショックを与えたくない。
それさえアスランの気づかいだったかもしれないと思うと、そんなものいらなかったのに。
元からあまりワガママを言わない子でした。
私が寝ていたら、いつまでも寝ていたり、散歩もごはんも要求しない。
一緒に職場へでかければ、仕事が終わるまでケージで静かに待ってくれていて、通勤帰宅の電車の中、狭いキャリーバッグ内でも静かにしてくれて。
私が運転する車の助手席に乗るのが楽しかったのか大好き。
運転中の私の膝に顎をのせて、ウトウトするのが定番。
六甲山の夜景を見ながら帰った道のりは25キロを超える長距離だったけど、一緒にいるときは全然長く感じなかった。
でかけた場所はたくさん。
山、海、公園、ショップ。
結婚してからは、旦那さん長女とと一緒に遠方まで行ってお泊まり。
妖犬期のころからろくに相手ができず仕事ばかりだったので、結婚後は落ち着いて相手をできると思っていましたが、二度の引っ越し、長女の妊娠出産、怒濤の育児とお店の営業開始でやっぱり後回しにしがちに…。
それでもなにも言わず、新居での生活を満喫してくれていたなぁ。
病気が悪化してから飲んだたくさんの薬は、芋のオヤツで楽しく飲んでくれて…ご飯はちょっと嗜好が変わってウエットフードに。
何度も肺水腫を再発して、夜間救急に走った。
日中に体調を崩して入院になった時は、面会に行った帰りの車のなかで一人で泣いたっけ。
ケージを酸素室に作り替えた時は、悲しくて不安だったけど…ケージに入ってから周りを見回して不思議そうな顔をしている彼が可笑しくて、なんとなく心が軽くなった。
外にも出づらくなって運動できなくなって、足がふらつきはじめて…
体がバランスを崩しはじめて、下痢と血便から痙攣発作を起こした後は毎日お腹を下しだして…
朝早く起きては、上下するお腹を見て無事を確認して。
声をかけても反応が薄くなって、
頭を撫でるときに少しびっくりさせることが増えたっけ。
ごはんを置くときも、どこに置かれたか分かりにくそうだったから、鼻の前に置いて誘導して。
そのくせオヤツの場所はわかる。
できないふりでもして甘えてたのかな。
でも、もう彼を気遣う必要もないのだと。
いつものリビングの端にいた、ケージの中から、こちらを見てくれる穏やかな彼はいません。
臨月の体の重たさを理由にして、私は甘えてた。
もっと声をかけて、もっと抱っこして優しくしてあげればよかった。
美味しいご飯をあげて、求めるままに撫でてあげればよかった。
何度思い返しても後悔、これだけしかなくて。
今まで積み重ねてきた思い出がよみがえるたびに、涙が止まりません。
泣いて泣いて、もう大丈夫だと思いたいのに彼のいた場所を見てまた泣いて。
どうしようもなく辛い。
なにもしてない時に、ふとケージに視線が行く。
誰もいなくて、小さくなった彼の入った骨壺に現実に引き戻されて。
いつまで続くのだろう。
いつかはなにも思わなくなる日が来るのかな。
お産の日と、彼の最期が重なったのは、何かの定めだったのかもしれません。
いつもいっぱいいっぱいで、追いつめられている私を思って、
アスランの最後の孝行だったのかなぁ…と。
それでも、最後の生きる力を私と次女にくれて、旅立った彼の気遣いはやっぱり私には辛すぎて、
もう少しだけそばにいたかった…。
せめてもう少し、旦那さんと子供二人と私と…五人でいる時間が欲しかった。
いまはただ、病気で辛かった体ももう辛くないし、
足がふらついて倒れることもない。
軽く自由に動けて、いつかのように楽になってくれていると信じたい。
いつか私も命を終えるときがきて、
虹の橋のたもとでまた出会えたら…
たくさん抱きしめてあげたいと思うのです…